2006年11月21日

ニュースへの疑問

ニュースの報道の仕方にも疑問を感じます。

なにがおきました。
犠牲者はこうなりました。
犯人は何処の誰、何歳です。
この事件はこうして起こりました。

多くの内容が上記のように報道されますが
その罪を犯した人がその後どのような罪に問われて
どんなかたちで罪を償わなければならないのか。
それが圧倒的に足らないのです。

たしかに日本の法律制度では、
判決が下るまでかなりの時間がかかります。

誰もが知っている様な事件については、
判決がどうなったということは報道されますが
起きた事件の数に対して 
その結果、法的な判断どのような罪状が言い渡されたという報道は
圧倒的に少ないのです。

そんな面からも、現在のニュース報道は
犯罪を抑制する効果に対しては
非常に低いのではないかと考えます。

またある意味では同種の犯罪を助長する効果はあると言えます。

ある種の犯罪がニュースで報道されると
それに準じた犯罪が、増加します。
当然世間が着目する内容であるから
報道側も力を入れるのかもしれませんが
その報道の仕方をひとつ間違えば
新たな同種の犯罪を続発させる要因になっている
そういう意味にもとらえられます。

映像や言葉というものは 捕らえる人によって千差万別です。
私の考え方もそのなかのひとつであり
それを正論化するつもりはありませんし
各種のニュースを批判するつもりもありません。

しかしながら、人は
自分に痛みのない他人の不幸に興味がある
汚い言い方ではあるが、
それが人間の本質なんだという事の表れなのではないか?
と思います。

今後の日本に様々ま不安を抱えながら日々のニュースをみる黒猫です。

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