2006年5月26日

スカイ・クロラ


森 博嗣 / 中央公論新社(2001/06)
Amazonランキング:14,109位
Amazonおすすめ度:
黒猫のおすすめ度:
僕らのどこかの部分としての『キルドレ』
森氏から遠く離れているあなたへ
透明感溢れる世界

黒猫の一言:

さて 森 博嗣の世界観にどっぷり浸かっている黒猫です。

この作品は3部作で 
スカイ・クロラ → ナ・バ・テア → ダウン・ツ・ヘヴン
の順に発売されましたが

ちゃんと読まれた方はわかると思いますが

ナ・バ・テア → ダウン・ツ・ヘヴン → スカイ・クロラの
順に話が 流れます。

これから 読まれる方は この順に読んでください。

じゃないと 草薙水素とカンナミの情景が理解できません!!

ナ・バ・テアダウン・ツ・ヘヴン
当サイトのレビューをご覧ください。

このスカイ・クロラは 前作、前々作の主人公草薙水素の元に
転属されてきたパイロット「函南ユーヒチ」が今回の主人公です。

そう彼も「キルドレ」なんです。

キルドレ?ってなにと思う方は
この三部作を順に読んでください。
黒猫は 説明できません。っというか
ニュアンスはわかっても 結局なんなのか 最後までわかりません。
たぶん こうゆう兵器として 人工的につくられた子供?
なんだろ?な?って感じです。

まず 黒猫のハートをつかんだ言葉。

「僕はまだ子供で
 ときどき、右手が人を殺す。
 その代わり、
 誰かの右手が、僕を殺してくれるだろう。」

生と死に対する考え方、生きる意味
そこに、結論のない疑問をいだいているカンナミの
いや キルドレと呼ばれる子供達の存在理由を表す言葉なのかな?と感じました。

そして 彼らキルドレの感情を表現している一文

「理屈がさきにあって、その理屈で感情がある振りをする。」

でも これは 私自身にも きっとみなさんにも 
覚えのある感情だと思います。
まあ 一般的に置き換えると 社交辞令ってとこでしょうか?

そんなことを考えたら 自分自身の中にも このキルドレで
ある部分が あるのか?っと感じました。

クライマックスは ある意味予想通り
でも やっぱり意外な形で結末します。

この続きがどうなるのか?
今後の カンナミのキルドとしての意味は
そして いったい何のための戦争なのか?

結局疑問が大きくなり
普段考えないような観点から物事を考え
いろんな意味でものすごく世界観の深い作品でした。

この作品を読んでいて
戦争なんて 結局どちらが悪い良いなんてない。
三国の時代からいわれていますが 
どんな矛盾があろうとも勝てば官軍

その時代の一部の権力者たちのエゴと自己満足で
失われる 命。
結局は 人間同士の価値基準のちがいから
生まれた 忌み物でしかないのかな・・・

本編とは 別な意味で 考えさせられました。

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個人的にかなりテーマが難しいと感じました。 特に明確な説明もされていない(だいたいわかったけど・・・)「キルドレ」の存在意義。 戦争・人間とは?そんな疑問... 続きを読む

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